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神戸っ子なのに知らない事がいっぱい。神戸を深堀りしてみます。

月見山・稲葉山・在原行平

在原行平が月見をしたといわれる月見山(稲葉山)はどのあたりだろう?
山陽電鉄「月見山駅」近くに稲葉町が有るのですが、月見山(稲葉山)という名の山は存在しません。昔、東須磨村の方たちが背山を稲葉山と呼んでいたそうです。その一部が現在の須磨離宮公園です。公園の中に在原行平月見の松跡という場所があります。この辺りに登って来て月見すれば、月と海を一緒に楽しむことができます。現在は建て込んで無理ですが・・・。

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須磨離宮公園のとなりに削られてポートアイランドの土となった高倉山がありました。削られていく山を見て育ちました。削られ残った場所が住宅地の高倉台となっています。その山の裏手が、行平によって松風、村雨と名付けられた娘たちが居た多井畑村です。

わくらばに問ふ人あらば須磨の浦に藻塩たれつつわぶと答へよ(古今集)
一説(伝承)には、側女にした松風と村雨は、藻塩を作りに通うところを行平に声をかけられたといわれています。

立ち別れいなばの山の峰に生ふるまつとしきかば今かへり来む(百人一首)
ここで詠われる稲葉山はこの月見山のことではないかとの説もあります。

行平が須磨で侘住居していた時に愛した二人の松風と村雨の名は、今も町名となって残っています。能の「松風」のストーリーはここからきています。

大化の改新の時に

大化の改新の時に、近畿の西の端が、赤石の櫛淵(鉢伏山、境川あたり)とされ、須磨の関所が置かれ、畿内へ疫病が入らないために厄神さん(多井畑厄神・日本最古の厄神さん)が建立されました。
現在の高倉台と須磨離宮公園の間の道は、須磨の海から多井畑へと続く主要な道路で、道を下(南)にいけば松風村雨堂を横切り海へ。上(北)にいけば高倉台を迂回し多井畑へ行き塩屋へ抜ける元々といいますか大昔の西国街道です。今は上下2車線の立派な道ですが、僕が子どもの頃は細い道でした。トンネルもあって、それを通り抜けて多井畑厄神に行っていました。

ビデオに収めてみました

月より団子、中秋の名月よりも月見団子ですよね! 在原行平が月見をしたといわれる月見山(稲葉山)に行ってみました。


月より団子 | 中秋の名月